なぜワニは長時間水の中に潜れるか

ワニが長時間潜水できる理由が明らかとなった
ワニの血液中のヘモグロビンを進化に着目した素晴らしい研究

クジラやアザラシといった水生哺乳類は、筋肉中に酸素と結合するミオグロビンというタンパク質がヒトの10倍以上含まれている。
この機構により水生哺乳類は1時間以上と長い時間潜水することを可能としている。

ナイルワニといったワニは息継ぎもしないで1時間以上潜水し、獲物を狙っている。
しかしワニは筋肉にミオグロビンがあまり含まれておらず、実際に肉質を見ると白身であっさりしており有酸素運動に適していない。
そのためなぜワニが長時間の潜水を可能としているのかが研究者内で注目されている。

ワニやクジラを含めた脊椎動物は呼吸により肺から全身へと酸素を供給するために、ヘモグロビンがその役割を担っている。
ヒトでは酸素分子をヘモグロビンで運搬し通常1個の酸素分子を離すのみだがワニでは2~3個離すことができる。
そのためワニのヘモグロビンに着目した研究が盛んに行われてきた。

しかし1995年の過去の研究ではワニのヘモグロビンの遺伝子変異をヒトのヘモグロビンに組み込みその機能を見たが、ほとんど変化がなかった。
そのため今回研究者らは人間のヘモグロビンと現代のワニが進化した古代の爬虫類のヘモグロビンとの間には乖離があるのではないかと着想した。

今回の研究で研究者らは2億4000万年前の主竜類の祖先、鳥類の共通祖先、そして現代のワニ類の8000万年前の共通祖先の3つのヘモグロビンを再構築することに成功し、ワニのヘモグロビンがどのようにATP結合能を欠き、重炭酸イオン結合能を持つ進化をしてきたか明らかとした。

まず研究では2億4000万年前の主竜類の共通祖先(AncArchosaur)、鳥類の共通祖先(AncNeornithes)、そして現代のワニ類の8000万年前の共通祖先のヘモグロビン配列を推定した。

そして推定した配列をクローニングし、酸素供給能力を測定した。
このとき主竜類の祖先とワニの祖先では性質が異なっており、ワニの祖先では重炭酸イオンに結合能を示したがATPには結合能を示さなかった。 これは主竜類の祖先とワニの祖先ではヘモグロビンの機能が進化的に異なることを意味している。

ヘモグロビンのATP結合能は5カ所のアミノ酸が関与しているため主竜類の祖先のヘモグロビン配列へワニの祖先の5カ所のアミノ酸変異を同時に加えた。しかしATP結合能を変えるほどではなかった。
そこでワニの祖先の特徴的な変異を加えた7カ所を同時に加えることにより、ATP結合能を喪失することができた。

1995年の研究ではヒトヘモグロビンに12個のアミノ酸変異により重炭酸イオン結合能を得た。
しかし主竜類の祖先の配列にそれらの変異を導入したが重炭酸イオン結合能やATP結合能には影響しなかった。

そのためヒトとワニの祖先のヘモグロビン配列を比較して新たに10個の変異を特定し、過去研究の変異と組み合わせ18カ所の変異を導入した。
しかし重炭酸イオン結合能は向上したものの、ワニの祖先ほどではなかった。

ワニは他の有羊膜類と同様にβ型グロビン遺伝子を複数コピー持ち、出生前の発達段階において構造的に異なるヘモグロビンを2種類発現する。
そのため胚と成体では重炭酸イオン結合能が異なる可能性がある。
そこでワニの胚と成体のヘモグロビンの重炭酸イオン結合能を比較し成体で結合能が向上していた。

そして重炭酸イオン結合能に関わる変異を絞り込むために、ワニがβグロビン遺伝子を複数コピー前と共通の主竜類の祖先のヘモグロビン遺伝子を再構成しクローニングした。 予想通り複数コピーを持つ前のヘモグロビンの重炭酸イオン結合能はワニの共通祖先のヘモグロビンより低かった。

そして研究は大詰めとなる。 AncCrocT1/T4に対して、ATP結合能を喪失させる変異を加えることにより重炭酸イオン結合能が向上した。 更に追加の突然変異誘発実験を行うことで、共通祖先のAncCrocT1/T4ヘモグロビンに重炭酸イオン能を付与する21カ所の変異を明らかとした。

今回の研究はワニのヘモグロビンを通して、タンパク質の進化と生化学的適応に関する示唆に富むものであり、タンパク質の重要な位置の少数の置換による直接的な効果と、構造的に異なる部位の多数の他の置換による間接的な効果とが組み合わされていることが進化的に重要であることを示している。

またタンパク質の機能への進化過程における祖先のタンパク質機能がどの程度維持されうるかという問題や、突然変異の文脈依存性という問題を与えている。
つまりヒトヘモグロビンに今回の21個の変異を導入しても影響がなく、祖先背景を検討することの重要さを研究者らは述べている。

今回の研究はワニのヘモグロビンを模倣してその性能に近づけるようなヒトのヘモグロビンを工学的に作ることの難しさを説明する結果となるが、単に遺伝子を導入するだけでは述べられないタンパク質進化の歴史の重厚さを語る研究となっている。

【引用素材】
原著論文 (CC BY 4.0)

Pixabay
https://pixabay.com/ja/photos/%e3%82%af%e3%83%ad%e3%82%b3%e3%83%80%e3%82%a4%e3%83%ab-%e3%82%a2%e3%83%aa%e3%82%b2%e3%83%bc%e3%82%bf%e3%83%bc-3934988/

【参考文献】
Study clarifies mystery of crocodilian hemoglobin
https://news.unl.edu/newsrooms/today/article/study-clarifies-mystery-of-crocodilian-hemoglobin/

Evolution of Mammalian Diving Capacity Traced by Myoglobin Net Surface Charge
https://www.science.org/doi/10.1126/science.1234192

Transplanting a unique allosteric effect from crocodile into human haemoglobin
https://www.nature.com/articles/373244a0

【原著論文】
C. Natarajan, et al. “Evolution and molecular basis of a novel allosteric property of crocodilian hemoglobin” Curr Biol 2023 Jan 9;33(1):98-108.e4
https://www.cell.com/current-biology/fulltext/S0960-9822(22)01840-1

【感想】
1995年の研究の他の生物の優れた能力を持つ変異をヒトに導入しただけではうまくいかないという知見から、進化的な共通祖先からその機能の由来を解明していくという非常に重厚で素晴らしい研究です。
私もこんな水中で耐え忍ぶ研究をしてみたいものです。

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